事業承継期の運転資金
- 法人の借入は法人名義の契約のため代表者が交代しても債務者は変わらないが、代表者個人が結んでいる連帯保証(経営者保証)は別の契約であり承継時に扱いが変わる
- 経営者保証ガイドラインの事業承継特則(2019年12月24日策定、2020年4月適用)は、前経営者と後継者の双方から保証を取る「二重徴求」を原則禁止している
- 信用保証協会の事業承継特別保証制度(2020年4月実施)は経営者保証を不要として借換え・新規融資を利用できる制度で、保証限度額は2億8,000万円(組合は4億8,000万円)
- 日本政策金融公庫の事業承継・集約・活性化支援資金は通常の融資枠とは別枠で7,200万円まで利用でき、運転資金もこの別枠に含まれる
- 個人事業主の債務は事業主本人の債務のため、後継者への引き継ぎには金融機関の承諾を得る契約手続き(免責的債務引受、民法472条)が必要になる
この記事の内容
この記事は、親族内承継(子や親族への事業承継)を控えている経営者、またこれから会社を継ぐ後継者に向けて書いています。 結論から言うと、法人の借入は承継の瞬間に後継者個人の借金になるわけではありません。会社の借入は会社に残ります。承継で実際に問題になるのは、前経営者が個人で結んでいる連帯保証(経営者保証)をどう外すか、そして承継の準備期間中に必要な運転資金をどの制度で確保するかの2点です。
- 親族内承継で会社を継ぐが、いまの会社の借入は自分(後継者)が背負うことになるのか分からない
- 前の社長(親)が個人でしている連帯保証は、承継後どうなるのか分からない
- 承継の準備期間中に資金が足りなくなったとき、使える融資制度があるのか分からない
結論:借入は会社に残る、変わるのは「保証」と「与信の見せ方」
法人(株式会社等)の場合、融資契約の当事者(債務者)は会社そのものです。代表者が親から子に交代しても、契約の当事者である会社は変わらないため、いまある借入が承継の瞬間に後継者個人の借金になるわけではありません。
一方で、多くの中小企業融資では代表者個人が連帯保証人になっています。これは融資契約とは別の「保証契約」です。承継で実際に論点になるのは、この保証契約を前経営者から後継者にどう引き継ぐか(あるいは外すか)という部分です。個人事業主の場合は事情が異なり、事業主本人が債務者そのものなので、債務の引き継ぎには別の手続きが必要になります(後述)。
法人の借入は承継で何が変わるか|債務者は変わらない
- 会社の借入は法人名義の契約であり、代表者の交代(株主総会・取締役会での選任、登記の変更)だけでは、借入契約の当事者は変わりません。
- 変わるのは主に「経営者保証」です。前経営者が結んでいる連帯保証をそのまま残すか、後継者に切り替えるか、あるいは条件を満たして保証自体を外すかが、承継時に金融機関と相談する内容になります。
- 前経営者・後継者の両方から保証を取る「二重徴求」は、経営者保証ガイドラインの特則で原則禁止とされています(次の見出しで詳述)。
「会社を継いだら、いまの借金は全部自分の借金になる」という理解は正確ではありません。法人の借入は法人に残ります。 承継で実際に扱いが変わるのは、代表者個人が結んでいる連帯保証という別の契約の部分です。
個人事業主の場合は債務の引き継ぎに金融機関の承諾が必要
個人事業主の場合、事業用の借入も含めて事業主本人が債務者です。後継者に事業を引き継ぐ際、この債務も一緒に引き継ぐには、金融機関との間で契約上の手続きが必要になります。
民法では、債務者を入れ替えて元の債務者を債務から外す「免責的債務引受」について、債務者(先代)と引受人(後継者)の契約によって行う場合は、債権者(金融機関)が引受人に対して承諾をすることでその効力が生じると定められています(民法第472条第3項)。つまり、後継者が「引き継ぎます」と決めるだけでは債務は移らず、金融機関の承諾が要ります。
実務では、事業用資産(店舗・設備等)の承継と合わせて、借入の契約者変更(または新規融資での借換え)を金融機関に相談する流れになります。【各自確認:免責的債務引受(または借換え)の必要書類・審査の観点を、取引金融機関の窓口で確認】してください。手続きの進め方は取扱金融機関ごとに異なります。
経営者保証の「二重徴求」原則禁止|特則の内容
2019年12月24日、経営者保証に関するガイドライン研究会(事務局:日本商工会議所・一般社団法人全国銀行協会)が、事業承継時に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドライン」の特則を公表しました(全国銀行協会の公表ページ、2026年9月確認)。特則本文には「本特則は、令和2年4月1日から適用する」と書かれており、2020年4月1日から適用されています(特則本文、2026年9月確認)。
特則では、事業承継の場面で、原則として前経営者と後継者の双方から二重には保証を求めないこととされています(本記事では「二重徴求の原則禁止」と呼びます)。例外的に二重に求める場合も、その理由や保証契約の内容を借り手に十分説明し、理解を得ることが求められています(特則本文)。
なお、特則が言う二重徴求は「同じ1本の融資に対して、前経営者と後継者の両方から保証を取ること」です。代表者交代前の既存の融資は前経営者の保証のまま、交代後の新規の融資は後継者の保証だけ、という形は二重徴求に当たらないと、特則の脚注に書かれています(特則本文、2026年9月確認)。
これにより、後継者は「継いだ瞬間に自動的に個人保証を負わされる」立場ではなく、金融機関との交渉の中で保証の有無・条件を確認できる立場にあります。
事業承継特別保証制度で保証なしの借換え・新規融資を使う
2020年4月1日から、全国の信用保証協会で「事業承継特別保証制度」の取り扱いが始まっています(中小企業庁、2026年9月確認)。経営者保証を不要とすることを前提に、既存の保証付き融資の借換えや、事業承継に伴う新規融資を利用できる制度です(埼玉県信用保証協会、2026年9月確認)。埼玉県信用保証協会の掲載ページには、制度の取扱終了の記載は見当たりませんでした(2026年9月確認)。申込時点で取り扱っているかは、所在地の信用保証協会に確認してください。
- 保証限度額:2億8,000万円(組合等の場合は4億8,000万円)
- 保証料率:年0.45%〜1.90%が原則だが、中小企業活性化協議会および事業承継・引継ぎ支援センターの確認を受けた場合は年0.20%〜1.15%に低減される(埼玉県信用保証協会、2026年9月確認)
- 主な利用要件:保証申込受付日から3年以内に事業承継を予定する事業承継計画があること(すでに承継した場合は、2020年1月1日から2025年3月31日までに承継を実施し、承継日から3年を経過していないこと)、資産超過であること、EBITDA有利子負債倍率が10倍以内であること、法人と個人の資産・経理が分離されていること、返済を緩和している借入がないこと
保証協会は都道府県ごとに設置されているため、詳細な申込窓口・必要書類は所在地の信用保証協会(または取引金融機関経由)に確認してください。
公庫の事業承継・集約・活性化支援資金|運転資金も含む別枠
日本政策金融公庫には、事業承継を計画・実施する事業者向けの「事業承継・集約・活性化支援資金」があります(日本政策金融公庫、2026年9月確認)。対象者は次のような類型です。
- 現経営者が後継者(候補者を含む)とともに事業承継計画を策定し、融資後おおむね10年以内に事業承継を実施することが見込まれる方
- 安定的な経営権の確保等により事業の承継・集約を行う方、およびその事業者から事業を承継・集約される方
- 経営承継円滑化法第12条第1項の認定を受けた中小企業者の代表者、認定を受けた個人事業者、または認定を受けた事業を営んでいない個人の方
- 事業承継に際して経営者個人保証の免除等を取引金融機関に申し入れたことを契機に、取引金融機関からの資金調達が困難になっている方(公庫が融資に際して個人保証を免除する方)
- 事業承継・集約を契機に第二創業や新たな取組み、PMI(経営統合後の統合作業)に取り組む方
融資限度額は「別枠7,200万円」です。公庫の掲載ページでは、設備資金と運転資金のどちらも対象のお使いみちに入っており、運転資金だけの上限額は別に書かれていません(2026年9月確認)。返済期間は設備資金が20年以内(うち据置期間5年以内)、運転資金が10年以内(うち据置期間5年以内)です。承継の準備期間中に必要になる運転資金を、既存の借入枠を使い切らずに確保できる点が実務上のポイントになります。
経営承継円滑化法の金融支援|都道府県知事の認定が入口
中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(経営承継円滑化法)には、事業承継の前後に必要な資金を支援する「金融支援」の枠組みがあります(神奈川県、2026年9月確認)。この金融支援を受けるには、まず都道府県知事の認定を受ける必要があり、認定を取得したあとで信用保証協会または日本政策金融公庫に申し込む流れになります。
- 対象者:中小事業者(会社及び個人事業主)、および事業を営んでいない個人(既に経営交代した企業、他社から事業承継を予定する人、経営者保証を解除したい企業の経営者を含む)
- 認定の審査:書面審査に1〜2ヶ月程度かかるとされています
- 別枠保証の限度額:普通保険2億円、無担保保険8,000万円、特別小口保険2,000万円と同額の別枠を、通常の保証枠に加えて利用できる
- 日本政策金融公庫の特例融資:既に経営交代した企業の代表者が自社の株式・事業用資産等を取得するための資金、または事業を営んでいない個人が会社を買収・承継するための資金(株式・事業用資産の買取り等)が対象
申請窓口は都道府県ごとの商工担当部署(産業労働局・商工労働部等)になります。
比較表:法人と個人事業主、承継時の債務の扱いの違い
| 比較項目 | 法人(株式会社等) | 個人事業主 |
|---|---|---|
| 借入の債務者 | 会社(法人)。代表者交代で自動的に変わらない | 個人。事業主本人が債務者 |
| 後継者への引き継ぎ方法 | 代表者変更(選任・登記)。債務自体の契約変更は原則不要 | 契約上の債務引き継ぎ(免責的債務引受等)に金融機関の承諾が必要(民法472条) |
| 経営者保証 | 前経営者の保証を外すか、後継者に切り替えるかが論点 | 事業主本人が負っている債務そのものが引き継ぎの対象 |
| 二重徴求の扱い | 特則により原則禁止(前経営者・後継者の双方保証) | 【各自確認:個人事業主における保証の扱いを、取引金融機関の窓口で確認】 |
| 使える制度の例 | 事業承継特別保証制度、事業承継・集約・活性化支援資金、経営承継円滑化法の金融支援 | 経営承継円滑化法の金融支援(個人事業者も対象に含む)、公庫の事業承継・集約・活性化支援資金 |
チェックリスト:承継の資金面で確認すること
□ 現在の借入契約書を確認し、債務者が会社(法人)か、自分自身(個人事業主)かを整理した □ 前経営者(親等)が個人で連帯保証をしている融資があるかどうかを、取引金融機関に確認した □ 経営者保証ガイドラインの特則(二重徴求の原則禁止)を踏まえ、後継者としてどこまで保証を求められるのかを金融機関に確認した □ 事業承継特別保証制度・事業承継・集約・活性化支援資金など、承継期に使える制度の要件(資産超過・EBITDA有利子負債倍率等)に自社が当てはまるかを確認した □ 経営承継円滑化法の金融支援を使う場合、都道府県知事の認定窓口(商工担当部署)に相談し、認定→申込の順番を確認した □ 個人事業主として承継する場合、債務の引き継ぎ(免責的債務引受)について金融機関の承諾が得られるかを、承継のスケジュールより前に確認した
文例:取引金融機関へ事業承継の予定と保証の切替を相談する文面
件名:事業承継のご相談(保証契約の確認について)
〇〇銀行〇〇支店
融資担当〇〇様
いつもお世話になっております。
株式会社〇〇の代表取締役、〇〇です。
このたび、後継者である〇〇(現〇〇職)への事業承継を
〇年〇月を目安に進める計画を立てております。
つきましては、以下の点についてご相談させてください。
・現在お借入れ中の融資について、承継後も契約上の
債務者(当社)に変更はないと理解していますが、
手続き上の確認事項があればご教示ください
・現在私が個人で連帯保証を行っている融資について、
承継時に後継者への切替、または保証の解除が
可能かご相談したい(経営者保証ガイドラインの
事業承継特則を踏まえたご相談です)
・承継の準備期間中に運転資金が必要になった場合、
事業承継・集約・活性化支援資金等の制度を
利用できるか確認したい
お忙しいところ恐縮ですが、一度お時間をいただけますと
幸いです。
株式会社〇〇 代表取締役 〇〇
連絡先:〇〇
承継の計画が固まる前の早い段階で一報を入れておくと、保証の切替や制度の利用可否について、金融機関側でも準備を進めやすくなります。
次にやること
まず、現在の借入契約書を確認し、「債務者が会社(法人)か、自分自身(個人事業主)か」「前経営者が個人で連帯保証をしているか」の2点を整理してください。 この2点が分かれば、承継後に何を金融機関に相談すべきかが明確になります。次に、この記事の文例を使って取引金融機関に事業承継の予定を伝え、経営者保証ガイドラインの特則を踏まえた保証の切替と、承継期に使える融資制度の利用可否を確認してください。
※本記事は2026年9月時点の調査に基づく情報整理です。制度の詳細・利用要件・個別の審査判断は、日本政策金融公庫、取引金融機関、信用保証協会、または顧問税理士・弁護士にご確認ください。本記事は特定の資金調達・承継方法を推奨するものではありません。
出典 - 日本政策金融公庫「事業承継・集約・活性化支援資金」 https://www.jfc.go.jp/n/finance/search/jigyoukeisyou.html(2026年9月確認) - 一般社団法人全国銀行協会「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則の策定について」 https://www.zenginkyo.or.jp/news/2019/n122401/(2026年9月確認) - 経営者保証に関するガイドライン研究会「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」本文(令和元年12月) https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/adr/sme/guideline_sp.pdf(2026年9月確認) - 中小企業庁「事業承継時の経営者保証解除に向けた専門家による支援業務および事業承継特別保証制度の取扱いを開始しました」 https://www.chusho.meti.go.jp/kinyu/hosyoukaijo/200408jigyoshokei.html(2026年9月確認。検索結果の記載で確認、ページ本体は取得できず) - 埼玉県信用保証協会「事業承継特別保証」 https://www.cgc-saitama.or.jp/system/system21.html(2026年9月確認) - 神奈川県「経営承継円滑化法に基づく金融支援措置」 https://www.pref.kanagawa.jp/docs/jf2/cnt/f105/p1121571.html(2026年9月確認) - e-Gov法令検索「民法」第472条(免責的債務引受の要件及び効果) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089(2026年9月確認)