家賃・リース料の支払猶予の交渉
- 家賃・リース料の支払猶予は法律上の権利ではなく、貸主・リース会社への個別の依頼(お願い)である
- 値下げ交渉の根拠となる借地借家法32条の「借賃増減請求権」は、経済事情の変動等により家賃自体が不相当になった場合の恒久的な減額請求であり、一時的に待ってもらう支払猶予とは別の制度(法務省 日本法令外国語訳データベースの原文で確認、2026年9月確認)
- リース契約(ファイナンス・リース)は中途解約禁止(ノンキャンセラブル)が原則で、支払いを怠ると契約解除・残リース料相当額の一括請求(規定損害金)につながりうる(公益社団法人リース事業協会「リース契約書の主な条項」で確認、2026年9月確認)
- 民法541条により、債務の履行(支払い)がないまま相当の期間の催告を受けても履行しなければ契約を解除されうる(法務省 日本法令外国語訳データベースの原文で確認)
- 国土交通省は2020年3月31日、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえ、飲食店等のテナントの賃料支払いについて柔軟な措置を検討するよう不動産関係団体に要請した実績があるが、これは時限的な行政要請であり、2020年3月以降に同様の要請が再度出された記録は国土交通省のウェブサイト上に見当たらない(2026年9月確認)
この記事の内容
この記事は、今月または来月の家賃・リース料の支払いが厳しく、貸主やリース会社に「少し待ってほしい」と頼みたいが、何を根拠にどう切り出せばいいか分からない経営者・個人事業主に向けて書いています。 結論から言うと、支払猶予は「値下げ交渉(賃料の減額請求)」とはまったく別の話です。値下げ交渉には借地借家法という法律上の根拠がありますが、支払猶予に法律上の権利はなく、貸主・リース会社への個別のお願いになります。だからこそ、頼み方(誰に・いつ・何を持って頼むか)が結果を左右します。
- 家賃かリース料の支払いが今月厳しく、待ってもらえないか相談したいが、何を根拠に頼めばいいか分からない
- 「値下げ交渉」と「待ってもらう交渉」を混同していて、どちらを頼むべきか整理できていない
- 貸主・リース会社にどう切り出せば心証を悪くせず、話を前に進められるか分からない
結論:支払猶予は「法律上の権利」ではなく「個別のお願い」
家賃・リース料の支払猶予とは、契約で定めた支払期日を、貸主・リース会社との合意によって一時的に後ろにずらしてもらうことです。税金の「換価の猶予」や社会保険料の「納付猶予」のような、法律で手続きと要件が決まった公的な猶予制度とは違い、家賃・リース料の支払猶予には、これを請求できる法律上の権利がありません。相手が応じるかどうかは、最終的に貸主・リース会社の判断に委ねられます。だからこそ、「待ってほしい理由」「いつまで待てば払えるのか」「今までの支払い実績」を、相手が判断しやすい形で示すことが交渉の中心になります。
値下げ交渉(賃料減額請求)と支払猶予はまったく別の話
「家賃を安くしてほしい」と「今月だけ待ってほしい」は、似ているようで法的な位置づけが違います。混同したまま交渉すると、相手に趣旨が伝わらず話が進みません。
建物の賃貸借における家賃の値下げ交渉には、借地借家法32条の「借賃増減請求権」という法律上の根拠があります。これは、土地・建物にかかる税金その他の負担の増減、土地・建物の価格の変動その他の経済事情の変動、近傍同種の建物の賃料相場と比較して、現在の家賃が不相当になったときに、当事者(貸主・借主どちらからも)が将来に向かって家賃の増減を請求できる権利です(借地借家法第32条「借賃増減請求権」、法務省 日本法令外国語訳データベースの原文で確認、2026年9月確認)。これは「家賃そのものの水準が高すぎる・安すぎる」ときに使う、恒久的な家賃改定の話です。事務所家賃の値下げ交渉については家賃の交渉と移転の損益分岐で扱っています。
一方、この記事で扱う支払猶予は、家賃の水準自体は変えず、「今月・来月の支払期日を、あとで払うことを条件に遅らせてもらう」という一時的な依頼です。家賃が高いから待ってほしいのではなく、手元の現金が一時的に足りないから待ってほしい、という場面で使います。この2つを混同して「家賃が高いので待ってください」と伝えると、相手には「値下げしてほしいのか、待ってほしいのか」が伝わらず、交渉が噛み合いません。
リース料についても同じ整理です。リース料の金額自体を見直す(再リース・条件変更)交渉と、既存の契約のまま支払期日だけを遅らせてもらう交渉は別物です。
家賃の支払猶予をどう頼むか:賃貸借契約特有の事情
家賃の支払いを怠ったまま放置すると、民法541条により、貸主が相当の期間を定めて支払いを催告し、その期間内に支払いがなければ、契約を解除される可能性があります(民法541条「催告による解除」、法務省 日本法令外国語訳データベースの原文で確認、2026年9月確認)。また、判例上は賃貸借契約における信頼関係が破壊されたと認められる程度の滞納があると、無催告での解除が認められる場合もあります。最高裁昭和39年7月28日判決(民集18巻6号1220頁)は、賃料滞納があっても信頼関係が破壊されたとまでは言えない事情がある場合には解除を認めない立場を示したとされていますが、この判決の原文には到達できておらず、内容は複数の法律専門家による解説記事に基づいています(判決文そのものの原文は未確認、2026年9月確認)。何ヶ月分の滞納から信頼関係破壊にあたるかについて、法律上の数値基準は存在せず、賃借人の過去の支払い実績や滞納に至った事情などを総合的に考慮して個別に判断されます(法律上・国土交通省等の公式資料に数値基準の記載は見当たらない。2026年9月確認)。いずれにしても、滞納してから相談するのではなく、支払期日が来る前に連絡することが交渉の前提になります。
事業用の店舗・事務所の家賃については、国土交通省が2020年3月31日、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえ、飲食店等のテナントの賃料の支払いについて柔軟な措置の実施を検討するよう、不動産関係団体に要請した実績があります(国土交通省 報道発表資料「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえ、飲食店等のテナントの賃料の支払いについて柔軟な措置の実施を検討するよう要請しました」2020年3月31日、2026年9月確認)。これは特定の経済事情を踏まえた時限的な行政要請であり、国土交通省のウェブサイトを確認した範囲では、2020年3月以降、同様の要請が再度出された記録は見当たりません(2026年9月確認)。したがって恒常的な猶予制度ではなく、平時にそのまま使える根拠ではない点に注意してください。この事例からうかがえるのは、貸主側にとっても、テナントが退去して空室になるより、猶予に応じて入居を続けてもらう方が合理的な場合がある、という考え方です。この考え方は、行政の要請がない平時の交渉でも、貸主に伝える理由の1つとして使えます。
リース料の支払猶予をどう頼むか:ノンキャンセラブルの壁
リース契約、特に機械・什器・車両などの「ファイナンス・リース」は、中途解約が禁止されている(ノンキャンセラブル)ことが原則です。リース会社はリース物件の代金をリース開始時に全額支払っており、リース期間中のリース料でその代金と諸費用を回収する仕組みのため、契約途中の解約は基本的に認められません(公益社団法人リース事業協会「リース契約の特徴」で確認、2026年9月確認)。
リース料の支払いを怠った場合、リース契約書の条項によって、リース会社は契約を解除できます。解除に至ると、ユーザー側は物件を返還したうえで、残りのリース期間に相当する規定損害金(残リース料相当額)を一括で支払う義務を負う設計になっています(公益社団法人リース事業協会「リース契約書の主な条項」で確認、2026年9月確認)。家賃の滞納が「その月の未払い」で済むのに対し、リース料の滞納は、契約解除に至ると残り全期間分の一括請求に発展しうる点が、家賃との大きな違いです。だからこそ、リース料は家賃以上に、滞納してからではなく、支払いが厳しくなりそうな時点で早めにリース会社へ連絡することが重要になります。
文例:家賃の支払猶予を貸主に頼む文面
貸主・管理会社に送る連絡の文例です。電話で一報を入れたうえで、記録が残るメール・書面でも同じ内容を送ると、あとで「言った・言わない」になりにくくなります。
件名:○月分賃料のお支払いについてのご相談
○○様
いつもお世話になっております。
○○(店舗名・会社名)の○○です。
大変申し上げにくいのですが、○月○日が支払期日の○月分賃料
(○○円)について、資金繰りの都合により、期日どおりのお支払いが
難しい状況です。
つきましては、お支払いを○月○日まで猶予いただくことは可能で
しょうか。猶予いただいた分は、○月○日までに全額をお支払いいた
します。
なお、今回の資金繰りの厳しさは○○(具体的な理由:例 大口取引先
の入金遅延、季節要因による売上減 等)によるもので、○月以降は
通常どおりのお支払いが可能な見込みです。
急なご相談となり恐縮ですが、ご検討のほどよろしくお願いいたし
ます。ご都合のよいお時間にお電話でもご説明させていただきます。
○○(会社名・氏名)
連絡先:○○
文例:リース料の支払猶予をリース会社に頼む文面
リース会社への連絡は、担当窓口(営業担当・債権管理部門など契約書記載の連絡先)宛てに、契約番号を明記して送ります。
件名:リース契約(契約番号:○○)のお支払いについてのご相談
○○(リース会社名) ご担当者様
お世話になっております。
○○(会社名)の○○です。契約番号○○のリース契約について
ご相談がございます。
○月○日が支払期日の○月分リース料(○○円)につき、資金繰りの
都合によりお支払いが厳しい状況です。契約を継続したうえで、
お支払いを○月○日まで猶予いただくことは可能でしょうか。
猶予いただく場合の条件(分割の可否、遅延損害金の有無等)につい
てもあわせてご教示いただけますと幸いです。
資金繰りが厳しくなっている理由は○○(具体的な理由)で、○月以降
は通常どおりのお支払いが可能な見込みです。
お手数をおかけいたしますが、ご検討のほどよろしくお願いいたし
ます。
○○(会社名・氏名)
連絡先:○○
チェックリスト:頼む前に準備するもの
支払猶予の相談は、何も持たずに「待ってください」とだけ伝えても、相手は判断できません。連絡する前に、次を準備してください。
- □ 支払期日の何日前に連絡するか(期日を過ぎてからの相談は不利になりやすい)
- □ 猶予してほしい金額と、猶予後にいつまでに払えるのか(具体的な日付)
- □ 資金繰りが厳しくなっている理由を、相手に説明できる言葉にできているか
- □ 今後の支払い見通し(いつから通常どおり払えるようになるか)
- □ 契約書(賃貸借契約書・リース契約書)の支払遅延・解除に関する条項を確認したか
- □ 過去の支払い実績(遅延がなかったこと)を伝える材料があるか
断られたときの次の一手
貸主・リース会社が支払猶予に応じない、あるいは返答自体がない場合もあります。その場合に検討できる選択肢は次のとおりです。
- 他の支払いの後ろ倒しを検討する:家賃・リース料以外に後ろ倒しできる支払いがないか、支払いを待ってもらう交渉で整理した優先順位に沿って見直す
- 短期の資金調達で埋める:ファクタリングやビジネスローンなど、猶予が得られない分を別の資金調達で一時的に埋める方法もありますが、根本的な資金繰り改善にはならないため、繰り返し使うことは避ける
- 無料の公的相談窓口を使う:資金繰り全体が厳しい場合は、中小企業活性化協議会など無料の公的相談窓口で、家賃・リース料を含めた支払い全体の組み直しを相談する
実体験:管理部門として支払い交渉の現場に立ち会った経験から
正直に書きます。私自身が、事業者として自らリース会社や貸主に支払猶予を依頼した経験はありません。前職ではEC事業会社の執行役員として管理部門を統括していましたが、担当した事業では家賃・リース料の支払いが逼迫して猶予をお願いする局面には至りませんでした。
ただ、支払期日が近づいた請求について、社内の経理担当と「この支払いは今月中に必ず払うべきか、相手に一報を入れて調整できるものか」を仕分ける場面には何度も立ち会いました。そのときに実感したのは、支払いが厳しくなってから慌てて連絡するのと、厳しくなりそうな段階で早めに一報を入れるのとでは、相手の受け止め方がまったく違うということです。早めの連絡は「きちんと管理できている会社」という印象につながり、直前の連絡は「危ない会社」という印象につながります。この記事の文例を「支払期日の前に送る」ことを前提にしているのは、その実感に基づいています。
計算例:2ヶ月分の支払いを猶予してもらった場合のキャッシュフロー
読者の状況を1つ仮置きし、家賃とリース料の支払猶予が実際のキャッシュフローにどう効くかを計算します。
| 前提項目 | 設定値 |
|---|---|
| 月間家賃 | 30万円 |
| 月間リース料(什器・機材) | 10万円 |
| 猶予をお願いする期間 | 2ヶ月分 |
| 猶予後の返済方法 | 猶予した2ヶ月分を、その後2ヶ月で均等に上乗せして返済 |
- 猶予によって手元に残る資金(2ヶ月間):(30万円+10万円)×2ヶ月分 = 80万円
- 猶予後に上乗せして払う期間の月間支払額:通常の月間支払い40万円 + 猶予分80万円÷2ヶ月 = 40万円+40万円 = 月80万円(2ヶ月間)
猶予をお願いする2ヶ月間は資金繰りが80万円分楽になりますが、その後の2ヶ月間は通常の2倍の支払いが発生する計算になります。支払猶予は資金繰りの山を先送りする手段であって、支払総額そのものを減らす手段ではありません。 猶予をお願いする前に、猶予後の上乗せ期間に本当に払えるかどうかまで、資金繰り表で確認しておく必要があります。
次にやること
まず、今月・来月の家賃・リース料のうち、支払いが厳しくなりそうなものがどれか、支払期日の前に洗い出してください。 そのうえで、猶予後にいつまでに払えるかを具体的な日付で決め、期日が来る前に、この記事の文例を参考に貸主・リース会社へ連絡してください。契約書の解除条項・規定損害金の内容が不安な場合は、連絡する前に契約書を確認するか、顧問税理士・弁護士に相談してください。
※本記事は2026年9月時点の調査に基づく情報整理です。借地借家法32条・民法541条は法務省 日本法令外国語訳データベースの原文で確認しました。判例上の信頼関係破壊の法理(最高裁昭和39年7月28日判決)は複数の法律専門家解説記事に基づく要旨であり、判決文そのものの原文は確認できていません。個別の契約解除リスク・交渉方針については、契約書の内容を踏まえて弁護士・税理士にご相談ください。
出典 - 借地借家法(第32条)|日本法令外国語訳データベースシステム(法務省) https://www.japaneselawtranslation.go.jp/ja/laws/view/4658(2026年9月10日確認) - 民法(第541条)|日本法令外国語訳データベースシステム(法務省) https://www.japaneselawtranslation.go.jp/ja/laws/view/4848(2026年9月10日確認) - 最判昭和39・7・28民集18巻6号1220頁の解説|有斐閣Online https://yuhikaku.com/articles/-/55172(2026年9月10日確認、判決文原文は未確認) - 報道発表資料:新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえ、飲食店等のテナントの賃料の支払いについて柔軟な措置の実施を検討するよう要請しました|国土交通省 https://www.mlit.go.jp/report/press/totikensangyo16_hh_000201.html(2026年9月9日確認) - リース契約の特徴|公益社団法人リース事業協会 https://www.leasing.or.jp/information/finance.html(2026年9月9日確認) - リース契約書の主な条項|公益社団法人リース事業協会 https://www.leasing.or.jp/information/joukou.html(2026年9月9日確認)